FPひろきのProfile

どうも、FPひろき(@fp_hiroki)です。

 

某大手金融機関で資産運用担当の課長として勤務している傍、金融ライターとしてペンを握っている僕。

 

自分の色を存分に出せ、自由に発信ができる場が欲しいと、ブログの立ち上げをずっと画策していました。

 

 

これを書いているのが2020年2月1日深夜。間も無く2月2日になろうとしてます。

 

ブログ立ち上げ計画の中で、2020年の4月ぐらいに形になって、5月のGWぐらいに開設できたら御の字かな〜、と思ってたんですけどね。

 

我慢汁全開で見切り発車しちゃいました!!笑

 

実のところ、WordPressでブログを立ち上げるのはこれで4つ目なのです。

 

 

サーバーを借りて、ドメインを取得して、SSL化を施し、Wordpressをインストール。テーマなど各種設定を行っていく...。

ロゴマークやヘッダーデザインも手掛け、少しでも見栄えのいいブログを早く作り上げようとよそ見することなく全力疾走で走り抜けました。

 

完成まで約5時間

 

もはや慣れ切ったものです。笑

 

ここまでくると、もはや特技と言っても過言ではないでしょうね

FPひろきはファイナンシャルプランナーです。

就職氷河期という寒風吹き荒れる中、寒空に放り出された不遇の世代の一人として、何とか生き抜いてきました。

いまは何とか形になる肩書きも身に付けることができ、人様にアドバイスができる立場にまでになりました。

 

ジャンルはというと...。

 

ザ・金融

 

堅いですね〜。性格はまるで軽薄そのものなのですが、仕事は堅いというこのギャップ。生き抜いていくのにたまに疲れる要因になっていることは自分が一番知ってます。

 

でもこの歳にしてようやく自分の生きていく道が定まったんですよね。

 

FPひろき
よし、この道で食べていき、この肩書きで死んでいこう。

 

 

周囲にも自分が死んだ時に、

 

サングラ子
彼、ファイナンシャルプランナーだったんだよね。

 

と言われて死んでいきたい。

そう思ったのがつい最近からだったんです。

 

自分は何者なのか...。

そうです、ファイナンシャルプランナーなのであります。

FPひろきはどんな人生を歩んできたのか。




小学生時代はとにかく優秀そのもの。

運動神経も良く、先生に常に褒められていた記憶しかありません。

活発でありながらも、賢く明るい優等生の男子だったんです。

テストは常に100点満点。そう、勉強しなくてもです。

 

しかしそれが中学生になると...。

徐々に100点が取れなくなってきたじゃないですか。

 

FPひろき
あー、こうやって少しずつ、エリート街道から一人また一人と脱落していくんだなぁ〜...。

 

 

と悟ったことを覚えています。

 

勉強は並みぐらいに落ち着いたのですが(しかし社会だけは受験時の偏差値は75笑)、それと入れ替えるかのようにスポーツは飛び抜けていっちゃいました。

 

毎日毎日来る日も来る日も、部活に明け暮れる日々の中学時代

そんな生活を繰り返してたら、

な、な、な、なんと!!!!

 

バドミントン 全国優勝!!!!

 

 

団体戦、ダブルスと2冠王となり、当時業界では名を馳せたものでした。

 

そして。

高校生の時にはJapanのユニフォームに身を包み、国を背負ってイギリスまで戦いに行ったです。

 

 

俗にいう海外遠征ってやつですね。

結果は、ミックスダブルスでベスト8

 

そうです、世界ジュニアで世界ベスト8(バドミントン大国中国が不参加ではありますが^^;)。

この偉業を今更ながら振り返ってみると、なかなか凄いことをやり遂げてたんだな〜、と実感してきました。

 

高校時代も華やかなバドミントン 人生を送ったのかと思いきやそうではなかったんです。

全国優勝をするぐらいですから、あらゆるものを犠牲にして練習に取り組んでおりました。

 

格上の高校生チャンピオンと練習試合を組まされ、試合で負けると雷が落ち、トラウマを抱え込むほどになってたのです。

 

FPひろき
つか、中学生が高校生チャンピオンに勝てるわけないじゃないですか..笑

 

FPひろき
もうこんな生活嫌だ...。自由という大海に僕を解き放っておくれよ...。

 

タブーとされた自分のこの正直な気持ちを勇気を振り絞って伝えたらどうなるか..。

殴られるかな〜..。

そんな不安を抱えながらも自分の思いを伝えたのです。

 

FPひろき
全国から10校ほどスポーツ推薦のお話を頂いているようですが、それ、すべてお断りしてもらっていいですか?バドミントン はもうやりません...。疲れたんです...。

 

い、言えた(感動)!

こうして僕のバドミントン の本格的な競技人生は潰えたのでした。

まぁ、早い話が単なる燃え尽き症候群ってやつですよね。

 

公立高校に進学した僕は、とにかく自由を謳歌しました。

週末ともなれば、新宿、渋谷、原宿に繰り出し、おしゃれや恋愛を満喫し大学生活を大いに堪能したものです。

大学も一般受験で近所の大学に入学。

近いから、という理由で選んだ大学も結果としては最高でしたね。

とにかく毎日が華やいでて楽しかったですもん。

 

一に合コン、二に合コン。三四は昼寝で五に合コン。

 

 

そんな一週間のサイクルでした。笑

 

体育会では一応バドミントン 部(自分の中では競技力は二の次のサークル的な位置付けだった)の主将を務めました。

半分一所懸命取り組み、半分健康のためぐらいの感覚で入部したのを覚えてます。

体育会での活動は、だらけそうな大学生活のメリハリをつける意味においては、とても良い活動となりました。

 

そんで持って就職ですよ。

就職氷河期世代万歳!

 

100社ぐらいエントリーしましたが、内定はゼロ...

あの不況の時代、とにかく就職活動が厳しかった...。

じょしの四大卒内定率が50%ほどでしたよね、確か。異常ですよまったく。

 

困りに困ってはじめて就職部に相談に行った時に紹介されたのが、某信用金庫でした。

 

面接に行ったら内定みたいな流れで、落ちる気配はこれっぽっちも無かったのが不思議でした。

今思うと、就職部と面接に試験を受けに行ったその金融機関との間に、ある程度話がまとまっていたんだと思います。

何はともあれ採用だったので助かりました。

 

ところがです。

入庫したはいいのですが..、とにかくそこが厳しかった...。毎日がまさに地獄。

あの当時、ハラスメントという言葉があれば、確実にそれに該当してたと思うし、ブラック企業のレッテルが貼られていたと思う。笑

 

そんな環境だったわけなので、毎日毎日謎の耳鳴りに悩まされるぐらいストレスを抱え込んでいましたっけ。

特に女の先輩が陰湿で、職場に馴染めず逃げ出すように辞めていったことを思い出します。

それは今でもトラウマです。

 

そのトラウマを抱えてからというもの、

 

FPひろき
金融機関は厳しいなぁ〜。絶対にこの業界は嫌だわ。二度とごめんだね。

 

と思っていたわけです...。^^;

今となっては因縁じみていて少し怖いぐらい。運命って怖いですな〜。

 

そして次に転職先に選んだのがリクルートです。

営業力やプレゼン力を身に付けたいと思って応募したんでしたっけ。

 

適性検査や筆記試験、面接も順調に消化し無事内定を勝ち取りました。

ここでも地獄を見たわけですが、それはちょっと違う種類の地獄を見たのです。

 

なんせ、みんな社員が若くて優秀!

そんでいて誰もが仕事ができるんですよ!!!!

 

FPひろき
あ、これ、ヤバいやつだ..。や、やっていけんわ...。

 

と初日から軽く自信を失って絶望したのを思い返します。

 

でも結果的にリクルートでの勤務が今の自分の仕事観の基礎を築いたと言っても過言ではありませんし、独立心を芽生えさせてくれたという意味で大変価値のある時期を過ごせたなぁ、と思ってます。

 

当時の仲間や後輩達はみな会社を立ち上げ社長になって立派にやってます。

そんな彼らからは常に刺激を受け、自分も負けていられないなぁ、と常に思わされてるのであります。

 

しかししかし厳しい中に楽しさもあって充実した日々を過ごさせてもらったリクルート時代も、思わぬ形で横槍が入るんです。

 

父と母が病に倒れ、看護介護をしなくてはならなくなりました

姉二人は地方に嫁ぎ、私しかそれを担える人がいない...。

 

FPひろき
ここはオレがやるしかないな..。

 

そう覚悟を決めてリクルートを去ったのでした。

3年にも及ぶ介護の末、両親は他界

無職の時に結婚をし、子供が生まれた自分はすぐに働こうと決め、早速マイナビに職歴を登録。

スカウトを待ちました。

 

登録してすぐですよ。

 

FPひろき
来ました、スカウトメール。

 

大手銀行での金融リテール営業か。この際仕事を選んでもいられない。これでいこう。」

 

と、この世界に舞い戻ることを決意して今に到るのであります。

FPひろきのこれから。

CFP資格を取得後、FP1級資格取得を目指して学習を進めていこうと考えてます。

 

そしていつの日か、独立系FPとして、コンサルティングにライティングに講演にと大活躍することが人生における当面の目標になりました。

 

ネットAI時代の到来により、いまの仕事は10年後には確実にないだろう...。

 

悲観的である反面、ピンチはチャンスとばかりに今から動いているのでやりがいがある楽観的な日々を送っているのが面白いですね。

 

自分の職業感について、こういう前向きな感覚になるって人生の中で意外と初めてかもしれません。

 

これがいわゆるチャレンジ精神なのかもしれません。

 

誰にも言われるでもなく、自分から「こうしていきたい。」という軸が備わったのです。

この冒険心、探究心があるうちは喜ばしい人生であると思うのであります。

 

今後も向こう側に見える明るい光に向かって歩み続けてまいります。

何はともあれ、よろしくお願いします。